乳癌サブタイプと乳腺病理

昨年病理で一緒に仕事をした山口倫先生(久留米医大学医療センター病理准教授)から本を頂きました。昨年秋に出版された本です。20年前、私のいた久留米大学第一病理学教室は教室全体で肝がんの研究を主として行っていました。彼は肝がんで学位論文やそのほか幾つかの論文をHepatology という肝臓では国際的に評価の高いjournalなどに書いたあと、自分のライフワークとして乳癌の病理をコツコツと勉強していました。教室には彼に乳癌の研究を指導できる先輩はおらず、文字通り一人でコツコツと研究を続けていました。頑張っている人には手助けをしてくれる人がでてきますが、他大学の乳癌病理の高名な先生たちにも可愛がられ、なにより教室からは乳癌の切除症例の多い久留米総合病院(旧久留米第一病院)の症例を多数診断する場を与えられ、めきめきと実力をつけていきました。その彼がこの度、『乳癌サブタイプと乳腺病理』という本を書きました。乳癌は、悪性度の判断がなかなか難しいことが多い癌です。一般には癌の診断には細胞異型、構造異型という2つの尺度で判断します。1つ1つの細胞の顔つきを見るのが、細胞異型。癌も正常組織に類似した構造がみられますが、その構造が破壊されているかどうかを見るのが構造異型です。ここに免疫染色という癌が発現する蛋白を染めた標本の評価を加えてその癌の特徴を示した本です。乳癌は構造異型が比較的軽度なものが多く、癌の診断に難渋することもよくあります。病理という仕事は癌の最終判断をする仕事です。病理を知らない臨床医は病理のいうことを盲目的に信じてしまいますし、臨床を知らない病理医は標本だけ見て臨床では考えられない診断をつけたりすることがあります。人は必ず間違いをおかしますから、反省会をします。切除した症例の組織と、切除する前の画像を対比したりするのが、いわゆる術後カンファランスという反省会です。多くの大学病院や、大学病院ではなくても病理医がいる病院ではそのようなカンファランスを通常業務の終わった後に外科、内科、放射線科、病理医が集まって、その症例の検討を行い、反省すべき点は反省し、各々のスキルアップにつとめます。それが次の患者さんの役に立つと信じて。その際の病理医は最終診断者ですから裁判でいえば裁判官の役割でしょうか?しかしそのような反省会で病理医は一人しかおらず、内心は不安におののきながら反省会に参加します。そんな病理医にとって、乳癌症例では、彼の本は非常に手助けになることでしょう。また術前診断をする臨床医にとっても大きな手助けになる本だと思います。昔の格言に内科医は何でも知っているが何もしない、外科医は何も知らないが何でもする、精神科医は何も知らないし何もしない、病理医は何でも知っており何でもするが遅すぎる。今の時代にはこの格言は当てはまらないと思いますが、彼のこの本が、遅すぎるという病理医とは真逆の立場になるのではないかと思います。山口倫先生のますますのご活躍を祈念します。

2020年06月01日